傀儡の恋
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「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていましたが、そこまで馬鹿でしたの、あの人は」
ラクスが怖い。そう思ったのはキラだけではないはずだ。
「まぁ、いいですわ。あれはいなかったと思えばいいだけです」
そんな彼等の目の前で彼女はそう言い切る。
「それが精神的にはいいかもしれないな」
カガリもそう言ってうなずいて見せた。
「あいつのことだ。そのうち泣いて帰ってくるような気もするがな」
そう言ったのはバルトフェルドだ。
「その時はその時です。さんざん笑いものにしてからこき使えばいいだけでしょう」
ただし、とラクスは続ける。
「今までのように甘えさせるつもりは全くありませんけどね」
「当然だ。今までが甘すぎたんだな」
カガリもこう言ってうなずく。
「その責任の一端が私にあると言うなら、甘んじて受け入れよう。その上で責任を持ってあいつの根性をたたき直してやるさ」
彼女の言葉が死刑宣告に聞こえるのは気のせいだろうか。
「そういうことだから、キラ。お前は戦場以外であれと関わらなくていいぞ」
「バルトフェルドは苦笑を浮かべるとこう言ってくる。
「どうしても接触しそうなときには、それを矢面に出せばいいだけだ」
そう言いながらラウを指さす。
「お前はそれなりにあいつの性格を把握しているだろう?」
さらに続けられた言葉に彼の眉根がよる。
「何をおっしゃりたいのですか?」
その表情のまま口から出た言葉から思い切りとげが飛び出ていた。
「そろそろ話しておいた方が後々いいだろう、とのマルキオ様からの指示だ」
マルキオがいったいどうしたというのだろう。
そう思いながらキラは現在ブリッジの中にいる面々へと視線を向ける。だが、誰も思い当たるものがないのか。静かに首を横に振って見せた。
「……ラウ君?」
最後に当事者と思わしき彼へと視線を向けた。
「……ブルーコスモスの構成員はプラントにもいると言うことですよ」
仕方がないというように彼はため息をつく。そのまま言葉を綴り始めた。
「連中はナチュラル、コーディネイターにかかわらず優秀な手駒を欲していた。そのためのソウキスだったものの、彼等は育成するのに時間がかかる。ならば、それなりの技量を持った人間をそのまま複製すればいいのではないか。そう考えた人間がいたと言うことです」
そして、と彼は続ける。
「たまたま、連中の手の中に候補と同じ人間の遺伝子を持った受精卵があった。ならば、それにその相手の記憶を流し込み、強制的にトレーニングを積ませたらどうなるか。そのテストのために生み出されたのが私というわけです」
ラウは淡々とした声音で言葉を綴った。
「だから《ラウ・ル・クルーゼ》の記憶の一部を持っていることは否定しません。バルトフェルド氏はそれが気に入らないようですが」
そう付け加えたのはイヤミだろうか。それとも、名分の知らないところで何かあったのか。
「……バルトフェルドさん?」
「あぁ、気にするな」
キラの視線を受けてバルトフェルドは肩をすくめる。
「あいつとはそりが合わなかった。ただそれだけだ」
見目が似ているからな、と彼は続けた。
「あまりに警戒をしていたからだな。マルキオ師が事情を教えてくれた。そういうことだ」
まぁ、当人じゃないし名。そう言って笑う。
「いくら記憶があっても、そこから生まれる感情までも同じだとは限らないしな」
確かにそうなのだろう。
だが、それならば自分達のことも知っていたのか。それをどうして教えてくれなかったのだろう。
「今まで話さなかったのは、同じような立場の人間が『気持ち悪い』と言われて殺されたからです。君たちならば心配いらないとは思っていたのですが、こちらをはじめとする人々はわからなかったのでね」
「それは正解だったな。最初から知っていたら、キラのそばには置かなかった」
さっさと退場させていた、とバルトフェルドもうなずく。
「もっとも、今はアスランの方が危険人物だが」
本当にあいつは、と最初の話題に戻る。
「そのあたりはお二人に任せておけばいいことでしょう」
ラウがラクス達を見てそう言う。
「確かに、それが一番無難だな。お前はそいつにくっついてろ。口だけはアスランに負けないことは証明されているからな」
それは決定事項なのだろう。そう判断をしてキラは小さくうなずいて見せた。